戦後食糧難時代に感じた親のぬくもり

《vol.8》 松美子・越山田鶴子編『母の歩み 戦中戦後・母子の記録 第四巻』(笠原政江)より、「赤い毛布のモンペ」

七人の遺髪

今回は、松美子・越山田鶴子編『母の歩み 戦中戦後・母子の記録 第四巻』の中から、西川悦子さんの手記「赤い毛布のモンペ」をお聴きいただきます。

この本『戦中戦後・母子の記録』は、全国各地から集められた、戦中から戦後を生き抜いた女性たちの体験集です。1978年から1980年にかけて発行された全10巻からなるシリーズですが、これは京都・山科にある川崎大師京都別院笠原寺の尼僧だった、笠原政江さんが私財を投じて出版したものです。

そこに収められた「赤い毛布のモンペ」は山口県徳山市の西川悦子さんの手記です。

悦子さんは戦時中、小学生でした。
戦争が激しくなって、当時住んでいた山口県光市から母方の里である徳山市郊外へ疎開。さらに敗戦後には、父方の里へと移ります。そこでようやく、家族5人そろって暮らせることになりました。
しかし、食糧難であることに変わりはありません。しかも、悦子さんは「よそ者」として、地元の男の子たちにいじめられます。
けれども、どんなときも母親は悦子さんを元気づけてくれました。悦子さんも必死に生きる母の姿を見て成長していきます。
一方、父親は戦後しばらく出稼ぎに行っていましたが、父が出稼ぎから戻ったとき、お土産に赤い毛布を持ち帰ってきました。
その毛布で、悦子さんのために母が作ってくれたのがモンペでした。

朗読は、KYOKOさんです。

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