学徒出陣が生んだ皮肉な結末
《vol.3》 「私の戦争体験を記録する会」編『きみたちに語ろう 教職員の戦争体験』(あさを社)より、中村幸生著「15年戦争に耐えて 学校から軍隊、そして……」から
著者の中村幸生さんは1925年(大正14年)、中国・チンタオ生まれ。
1945年(昭和20年)3月に、黒竜江省フラルキに入営しました。東京大学から合格通知が届いたのですが、そのときすでに兵営の中にいました。
その後、国境近くの町メントカの部隊にいたときに負傷し、死線をさまよいながら、ハルビンで敗戦を迎えました。
一時、キツリンの捕虜収容所に収容され、復員後は群馬県で教職に就きました。
朗読する場面は学徒出陣が命じられた後の出来事です。
1943年10月、戦争が進展し、ますます多くの兵士が必要となったため、国家は文科系の学生の徴兵猶予を停止しました。
そのため、在学中の文科系学生を一斉に入営させ、直ちに戦地に向かわせました。
この一連の出来事を学徒出陣といいます。
当時の国家は、戦局が不利になった原因を科学技術の差によるものと考えていたため、理科系の学生の徴兵を猶予し、また理工学系の学部や医学部を増設していました。
このようにして、文科系の学生が次々と戦場に駆り出されていったのです。
朗読は立教大学2年生で立教YMCAの加藤萌子さんです。
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